暇神見聞録

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基本は鉄道関係のブログや旅関係、そのほかにもDIYやゲーム・e-sportなど、ゲーム関連についても書きます。後はフリーランスとして稼ぐためのあれこれを書いたりします。

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【EF55】現場の人からは愛されなかった悲しきムーミン【鉄道界最強列伝】

今年の夏も元気に独身です。どうも、鉄道ハンターのどーばーです。

 

まあ基本引きこもっているからな~外出たとしても食料品調達して終わりだからな~

 

 

ということで、今回から新シリーズを始める。その名も、

 

 

鉄道界最強列伝

 

 

別に鉄道界に最強とかそのような概念は無いのだが、少なくとも一時代を築き上げた列車や機関車はある。だからといって有名なものばかりというわけではない。中にはあまり知られていないものの、かなり独特なデザインや、知られざる歴史があるものもある。そんなあまり知られていない鉄道に関することをとりあげ、さらに鉄道に興味を持ってもらうというのが、このシリーズの狙いだ。

 

そんなシリーズの記念すべき1回目のテーマは、

 

EF55

 

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前回訪れた鉄道博物館のEF55

 

他の電気機関車とは一線を画すそのデザインから、ムーミンとして親しまれていたこの機関車だが、その独特なデザインゆえ、悲しい運命をたどってしまったというかわいそうな機関車である。

 

今回はそんなかわいそうなムーミンについて紹介する。

 

 

EF55の履歴書

そもそもEF55はどういうものであったのか、まずはその基本的な生い立ちなどについて簡単に書くとする。

誕生した年

かなり独特なデザインではあるが、実は1936年(昭和11年)に誕生と、かなり古い。独特のデザインとはいえ、一応は電気機関車ということであるので、前後ともに運転台があった。しかし、基本的には流線型となっている前面のみしか使われることが無く、後面については主に貨物ターミナルなどでの構内運転でしか使われなかった。

 

また、製造された車両も3両とかなり少なかったため、存在そのものがかなりレアであった。

主な経歴

これだけのデザインであるため、かなり輝かしい経歴があるのかと思いきや、実はそうでもない。しかしそのデザインに恥じない活躍をしており、国鉄時代の超特急であったつばめや富士などの運用についていたことがあり、そのほかにも客車列車や貨物列車の運用についていたなど、意外にもマルチに活動をしていた。

 

しかしそのデザインゆえ当時の客車列車の定番であったヘッドマークをつけることはできず、そのためあまり注目を浴びることは無かった。デザインだけはかなり目立っていただけに、かなりもったいない。

活動場所

一時期はつばめや富士の運用についていたということもあり、最初の頃は日本の鉄道の中でも大動脈ともいえる東海道本線を中心に活動していた。しかし、時代の流れとともに飛行機や道路が発達し、さらには私鉄との競合が激しくなるにつれて、EF55は厄介者扱いされた。

 

その後はしばらく中央鉄道学園にて教習車として使われたが、1987年に高崎にて復活。それからはイベント列車に欠かせない存在となり、2009年に運用を終了した。現在は埼玉の鉄道博物館に搬入され、展示車両として余生を送っている。

EF55の軌跡

ウィキペディアより引用↓

国鉄EF55形電気機関車 - Wikipedia

ここまで簡単に活動場所などについて簡単に触れたが、これだけでも既にかわいそうな部分が出てきている。しかし、このEF55がかわいそうなところはこれだけでは終わらない。しかし、これだけ悲しい運命をたどっているにもかかわらず、なぜムーミンという愛称が名づけられるほど愛されたのか。ここではそのことについて書いていく。

流行に乗りたかった、と供述

そもそもなぜこんな流線型になったのかということであるが、これは決して国鉄が高速化を図るためでも、実用性を求めたわけでもない。ただ単純に、

 

流行に乗りたかった

 

ただそれだけの理由である。

 

というのも、当時の国鉄は何かと流線型の車両を作りたかったのだ。その背景として、海外の鉄道車両があった。海外の鉄道車両はこの当時から流線型のデザインの車両を多く生み出し、その姿を見た国鉄や、そのほかの私鉄がその流行に乗ろうといわんばかりに流線型の車両を製造し、空前の流線型ブームが起こっていた。そしてその流れに乗せられて誕生したのが、このEF55である。ちなみにこのEF55以外にも、蒸気機関車のC55型や、そのほかの電車やディーゼル気動車にも流線型が導入された。

 

流線型の利点は、空気抵抗を減らすということだ。空気抵抗が減るということは、それだけ速度を出すことが出来るほか、トンネル進入時に出てしまう騒音を抑えるという利点がある。特に蒸気機関車であるC55においては、煙突から出た煙が車両に絡みつくということが無く、そのため車両が汚れてしまったりするということが低減されるという利点があった。

 

そうしたことにより一見流線型にすることは成功に思えたが、このEF55だけはその恩恵が得られなかった。というのも、効果を発揮するにはそれなりの速度を出す必要があったのだが、客車列車などがメインであったEF55にとっては、高速運転というのは無茶であった。

流行に乗ったが故の弊害

他の流線型の車両とは違い効果が得られなかったEF55。しかし、このEF55のデザインによる弊害はこれだけではなかった。

 

現在活躍している電気機関車ディーゼル機関車は、基本的に前後対称のデザインが一般的だ。これは、進行方向を切り替える際、運転席のレバー操作のみで完了させるためである。前後対称であればわざわざ転車台を使用しなくても方向転換が可能になり、走行中の見栄えも損なうことがない。客車列車の場合は、進行方向を変える際に機回しという、先頭の機関車の配置を変えるための作業があるのだが、その機回しの際の機関車自体の方向転換の手間をかなり省くことができる。

 

EF55も電気機関車であったため、一応前後に運転台はあったものの、デザイン面では前後非対称となっていた。貨物ターミナルなどで入れ替え作業をする分には特に問題は無かったものの、客車列車などを引く使命を持っている機関車としては、転車台を使用して向きを変えるなど、余計な手間のかかるものであった。また、後ろに運転台があるとはいえ、ヘッドライトなどが無く、かなり簡易な構造であったため、本線で走らせるには設備が不十分であった。

 

そんな欠点のため、現場の人からは厄介者扱いされ、結果廃車ということになり、一時は姿を消すことになった。しかしすべて廃車になったわけではなく、1号機だけは鉄道に関する専門学校の教習車として使われることになる。

復活のM

そうしてしばらくは表舞台から退いていたEF55であったが、ここで転機が訪れる。

 

教習車として使用されていたEF55であったが、その独特のデザインから準鉄道記念物として指定された。そのことがきっかけで車両を復元し、そして静態保存されることとなった。そして1985年。鉄道展示会にあわせて構内運転程度しか出来ないものの、自力で動かすことが出来るようになった状態にまで復活した。その鉄道展示会でEF55は多くの鉄道ファンから注目を浴びていた。

 

さらに、その姿を見た国鉄は、そんな鉄道ファンの期待にこたえるべく、翌年には車籍を復活させてしまったのだ。ちなみに一度廃車にした車両を復活させるということは、前代未聞のことであり、現在においては一度廃線となった可部線が復活するという路線の復活はあっても、車両が復活するということはない。このEF55がいかに多くの鉄道ファンや国民に愛されていたかが良くわかるはずだ。

 

そして国鉄民営化によりJRとなった1987年、高崎運転所所属の電気機関車として完全復活を遂げた。その後は上越線を走るSL列車の補機やメイン機としての活動を中心に、臨時列車として各地を駆け抜けた。また、お召し列車としても活動するなど、イベント列車として欠かせない機関車として注目を浴びた。

 

ちなみにムーミンという愛称は、この完全復活を遂げたときに名づけられた愛称であり、誕生当時はカバなどと呼ばれていた。

 

そして伝説へ

ウィキペディアより引用↓

国鉄EF55形電気機関車 - Wikipedia

 

その後は2006年、埼玉の鉄道博物館の前身である交通博物館の閉館イベントで特別展示されたのだが、それ以来目立った動きは無かった。そして2009年、ついにEF55はさよなら運転をし、ムーミンと親しまれたEF55は、多くの人に惜しまれながらも引退した。

 

70年以上もの間人と物を運び続けてきて、いつしかムーミンと親しまれてきたEF55 。その間には太平洋戦争もあり、その際の爪あとが残っているということで、太平洋戦争の生き証人とも呼ばれることもあった。戦火に巻き込まれ、そして現場の人に嫌われ、一時は廃車となるものの、多くの鉄道ファンの熱意によって復活し、イベント列車として各地を走るなど、かなりの波乱万丈な人生を送ったムーミンであった。

 

そんなEF55は現在、埼玉にある鉄道博物館にて静態保存されている。もしも訪れる機会があれば、その雄姿を写真に収め、このムーミンが歩んだ偉大な歴史を感じて欲しい。

 

そんな鉄道博物館に関する記事も書いているので、こちらもあわせてみるべし

 

 

www.himagod.com

 

流行に乗ればよいというわけではない

現代の人にとって鉄道というのは単なる移動手段に過ぎない。しかし時には、人々に教訓を与えることもある、そう俺は考えている。

 

最近のツイッターなどを見ると、アクセス数増やすためにこういうことをしたほうがいいよ、とか、フリーランスはいいよ、などということを言う人が増えてきており、その言葉に惹かれるがままにフリーランスとなったり、そのことを実践すると言う人が多い。

 

確かに実践したりすることはとても良いことだし、別に問題はない。しかし、だからといってすべてを鵜呑みにすることは良くない、と俺は思う。

 

少なくとも、流行に乗ると必ずうまくいくとは限らない。しかし、揺るがない何かを持ち続けると、やがてそれは自分自身の象徴となる、ということをこのEF55は身をもって教えてくれている、そう俺は考えている。

 

ということで今回はEF55についてとりあげた。今後も興味深い鉄道や路線などを紹介していくつもりだ。もちろん鉄道ハンターとしての旅行記も記事にする。

 

ではまた会いましょう